レンガ造りの麦炒り機

久しぶりの更新です、FBとかツイッターでお知らせすることはあるのですが(^^;;;

さて、「ありがとう160周年」の新しいお便りは皆様のお手元に届きましたでしょうか?
来年は創業から160年の記念の年を迎えます。
【安政二年創業】と、石孫の名前のそばに入れていることがございますが、江戸時代末期であることはなんとなくわかっても、具体的にどんな時代なのか…よく尋ねられます。

安政2年の一番の出来事は「安政大地震」だそうですが、
…その2年前には「黒船来港」、翌年には「篤姫」が13代将軍徳川家定の正室に、3年後には「安政の大獄」。

その時代に活躍した人物は、徳川慶喜、井伊直弼、吉田松陰…教科書で見たことのある名前ばかりですね。
あ、遠山の金さんこと遠山金四郎が亡くなったのが安政2年だったようです。

背景としてはお江戸は大混乱の時代ですが、秋田のこの地はどうだったのでしょうね。
きっと幕府がひっくり返るかも知れないとなどとは考えもせず、当家の当主・孫左エ門は農村に美味い醤油を、美味い味噌を、と、研究に没頭していたのでしょう。

大正期に入り、石孫は近代化を図り設備投資を致しました!それがこれっ!
麦炒り機 旧

わっ!ぼろッ…(汗)
大正時代はこれが画期的な最新設備だったんですが、何しろ撮影が平成なもんですからボロボロになっています(^▽^;;;
これは小麦を炒るための機械です。
このように大正時代からずっと使い続けてきたものですから、レンガが崩れかけ、危険な状態になってしまったので造り直したのです。

先ずはレンガを詰むための職人さんを見付けるのが大変でした。
さらに、ガスや重油などではなく、石炭を使うための窯を造るのも困難でした。

それでも、各方面の職人さんが手塩に掛けて完成させてくださったのがこれっ!!
麦炒り機1

ピカピカー!!
しかも、今まで石炭の投入口には「七号」と彫り込んであったので、「8号」になりました!
ただし、麦炒り機が七基もあったはずがないので何の七号なのかはちょっと不明です(笑)
蓋の大きさじゃないか…と社長は言いますが、だったら「8号」はどうしたものか…(汗)

麦炒り機2

麦炒り機3

少しずつ毎日積み上げ、一ヶ月ほど掛けて積み上げたのですが、仕込に使う前に調整するのがまた大変で…。
蔵のみんなと職人さんとで試行錯誤を重ね、ただ今醤油仕込のために毎日大活躍しております。

最新式のものを導入するのは簡単です。しかし、今までのやり方を残し伝えるのも石孫の使命のひとつ。
本日も赤々と燃える石炭、ベルトが回るカタカタというリズミカルな音が薄暗く静かな蔵に彩りを与えています。

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